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世界線とは?例え話や物語&パラレルワールド的な意味で使われる時の雰囲気

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スケジュールに「感」をつけた途端なんか意味わからなくなりますが、

最近そんな言葉が多いです。

 

言葉自体を調べると昔からある言葉だったりするのですが、

 

それこそ、誰しもがテキストを世界にアウトプットできるようになり、

 

いろんな世界線が同時にタイムラインを駆け巡り、なぜかぶつかるはずのない、またぐはずのない別世界へ出向いたり。

 

「アホな人とは接するな」みたいな本も流行ったりしていますが、

 

決して交わることがなかった世界が交わるようになった今、

別世界が存在するという認識を「世界線」なんて言葉で表現しているのではないでしょうか。

 

ここでいう「世界線」は本来の意味とは違います

本来の意味は、

教科書のガイド:「一般相対性理論」

 

一般相対性理論と関係してくるので多分難しいです&僕も学術的な意味ではまったく理解していません。

 

僕なりの解釈でいうと三次元空間(普通の世界)プラス時間で四次元空間(日常)だとして。

その三次元空間の中に存在する点は四次元空間の中で一本の線として存在する。

 

別の次元に(例えばパラレルワールド的な)行かない場合は。

 

この一本のタイムラインを世界線と呼びます。

って感じだと解釈しています。

 

最近SNSなどで出てくる「世界線」

「世界観」はなんとなくわかりますよね?

「世界戦」はまあしっくりくるか。

 

「世界線」のよくわからないところは、「線」にしちゃうところです。

でも、物理って線とかヒモとか、なんでそんな話になるんだ。ってところに向かうので実際の「世界線」に関してはしょうがない。

 

そういう言葉です。

 

なので、「線」を他のものに例えると楽。

 

「線」の部分を「人」に変えるとわかりやすい

三次元の中の点が連続して連なっていく四次元の世界だから線。

って言われても困るわけです。

 

だから「点」でイメージしなきゃいいのです。

 

三次元の中の人(わたし・人)って考えるとしっくりきませんか?

 

今の、わたしと、一秒後のわたしと、二秒後のわたし……

 

このわたしをずーっとずーっと、つなげていったら、

私っていう一本の線になっていきます。

 

それを人は「人生」と呼びます。

最近では「タイムライン」とかって言い方の方が馴染むかもしれません。

 

この一本のタイムラインが「世界線」です。

 

自分の生きている連続した時間(タイムライン)を「世界線」だと思うとイメージしやすい

 

ここまでが、世界線そのもののイメージの話です。

改めて言いますが、実際の世界線とは異なります。会話の中でみんなが雰囲気で言っている世界線です。

 

なので正論言ったり、物理研究してる人以外に会話の中でこんなイメージで言う分には問題にはなりません。

正しいことを正しく言いたい人の前で言うのはオススメしません。

 

この文章自体フィクションくらいに受け止めてください。

そういう世界線です。

 

なので、最近の会話の中で出てくる「世界線」という言葉は、要は自分の人生(世界線)の中では出現してこなかった出来事を、「これは別世界で法則の中の出来事だ」みたいな意味で使います。

 

ツイッター検索「世界線」

 

この際、「線」を外してしまおう

最終段階です。

 

自分が生きてきた「仕組み」「法則」などの世界とは別の仕組み、法則で動く世界線。

 

これって簡単にいうと別世界ってことです。

異世界ものです。

 

「生きてる世界が違う!!」

 

ってやつです。

 

なので世界線。から、「線」を無くしてしまいましょう。

 

「タピオカ片手にハンディファンで涼む世界線が存在するのか」

 

って言うと、なんかポエムっぽくなるし「なんか言ってる感」でます。

 

けど要は、

 

「タピオカ片手にハンディファンで涼む世界()が存在するのか」

 

めっちゃ日常会話です。

世界線から世界を抜けば。

 

これが会話の中で使われている世界線の正体です笑

 

「テレビニュースとネットニュースは違う世界線で存在している」

「テレビニュースとネットニュースは違う世界で存在している」

 

「科学的には〇〇なのに、ここでは△△と盲信されている世界線」

「科学的には〇〇なのに、ここでは△△と盲信されている世界」

 

はい、同じ意味です。

 

会話ベースでいうとこれくらいの差

なので、結論を書きますと「世界線」とは「世界」って言葉にあたかも輪郭を持たせてビジュアライズさせたかっこよくなる言葉。

 

です。

 

これが大衆的な使い方。

 

もうちょい狭めると、パラレルワールド的な意味で

なんか雑誌の占いみたいなやつ。

なんていうんだろ、あの、

 

「あなたの恋愛タイプ診断」

みたいなページあるじゃないですか。

 

「あなたは積極的に声をかける?」→YESだと右、NOだと左に進む。みたいなやつ。

 

あの、進路を選べるあみだくじみたいなやつ。

あれは人生そのもので、常に人は選択をしています。

 

そして、その1つ1つの選択の積み重ねで、未来は大きく変わっていきます。

 

例えば、ある朝出勤しています。

 

毎日歩いている細い道で工事をしていて、遠回りすることになります。

別の道。Aルートでいくか、Bルートでいくか。

Aだ。

 

その道に進んだら今度はおじいちゃんが、杖を地面に落としてしまって困っていました。多分膝が曲がらないんでしょう。

杖をひろう、杖をひろわない。

 

ひろう。

おじいちゃん、喜んで話かけてくる。

少し話してあげる、遮って急ぐ。

 

少し話てあげる。

 

なんて、選択した未来ではあなたは遅刻します。

 

遅刻したせいで、会社で誰かと揉めてやめるなんて未来もあるかもしれないし、

やめてやる!って飛び出したけど行くところもなく駅のホームで缶チューハイ飲んでたら、同じように顔を紅潮させて缶ビールを飲んでいる女性と目があうかもしれないし。

 

目があった女性が酔いにまかせて、少し微笑んでくれたけど、意気地なしで目をそらして何も言えなかったり、もしくは、声をかけたり。

 

こうやって毎日いろんな選択をして人生を生きています。

 

この選ばなかった世界も、世界線です。

パラレルワールド。

 

マルチバース。

 

「もし、あのときYESと答えていたら、このタイムラインに流れてくる写真に写ってたかもしれない世界(線)」

 

んで、なんで世界線なんて言葉が流行りだしたかといえば、

もちろんSFなどの作品で出てきてはやったとか著名人が使っているとかそんな理由ですが、別世界に住んでいるような人と出会いやすくなった。

 

というのが一番の理由だと思います。

 

SNSが主な理由です。

 

出会う必要がなかった小さなコミュニティ同士がネット上で出会ってしまう。

相容れないわけです。

 

だって別の世界線で生きているから。

だって別の世界で生きているから。

 

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